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東京高等裁判所 平成2年(ラ)748号 決定 1991年4月26日

抗告人 川井温子

事件本人 川井伸治郎

主文

原審判を取り消す。

抗告人を事件本人の後見人に選任する。

理由

第一抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は、主文同旨の裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙のとおりである。

第二当裁判所の判断

一  原審判は、亡川井和貴子と事件本人との間の本件養子縁組(代諾権者父母)は、専ら相続税を軽減させる目的を達するための便法としてなされたもので、真実亡和貴子と事件本人との間に社会観念上養親子と認められる関係の設定を欲する効果意思がなかつたので、本件養子縁組は無効であるとして本件後見人選任申立を却下している。

しかしながら、相続税軽減を目的として養子縁組をしたからといつてその養子縁組が無効となるものではない。記録によつても本件養子縁組が養親子関係を設定する効果意思を欠くものであるとは到底言いがたい。事件本人は戸籍上後見人のいない未成年者の状態となつており、法律上、社会生活上事件本人に重大な支障が生ずることが明らかである。

したがつて、かような場合は、事件本人のため後見人を選任すべきである。原裁判所が厳しく糾弾する「相続税逃れ」は、相続税法63条等により律すべき問題である。

家事審判規則には、後見人選任却下の審判に対して即時抗告をすることができる旨の定めはない。しかしながら、これは、本件のような審判がなされる事態が生ずることなどは予想しなかつたからであると解され、本件のように未成年者が後見人もないまま放置される異常事態を生ずる場合には、即時抗告を適法なものとして救済を認めるのが相当である。

そして、本件においては、当裁判所において審判に代わる裁判をするのが相当であり、本件記録によれば、抗告人を事件本人の後見人に選任するのが相当であると認められる。

二  以上のとおりであつて、原審判は不当であり、本件抗告は理由があるから、原審判を取り消して抗告人を事件本人の後見人に選任することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 満田明彦 亀川清長)

(別紙) 抗告の理由

一、原審判は、事件本人(代諾者親権者父母、川井昇一、同温子)と、川井和貴子との養子縁組(平成元年2月10日届出以下「本件養子縁組」という)は、縁組の目的が相続税対策の一環として、専ら相続税を軽減させる目的を達するための便法としてなされたに過ぎないもので、「当事者間に縁組をする意思がないとき」に該当し、養子縁組の効力は生じないと判断されると認定し、本件後見人選任の申立は、その前提となる亡川井和貴子と事件本人との間の養親子関係を認めることができないから不適法であるとして、右申立を却下したものである。

二、しかしながら、相続税減税を目的として養子縁組をしたとしても直ちに養子縁組が無効となるものではないし(相続税法においても、一定人数以上の者と養子縁組をすると相続税法上その効力が一部否定されるに留まる)、まして本件養子縁組が、専ら相続税の負担を免れること(原審では「脱税」と考えている)だけを目的としたと判断している点は事実と相違するものである。

特に、原審判は、原審において提出された遺産分割協護書(控え)、相続税申告書(控え)、相続税申告書(控え)に、事件本人の後見人として抗告人の氏名が記され押印もされている点から、税務暑が後見人選任の確認をしないことを奇貨として、家庭裁判所の審判を単に後日形式を整える道具として利用するだけの目的で本件後見人選任の申立がされたものと判断している点は、税務署における取扱い実務を無視したもので曲解も甚しい。すなわち、相続税の申告に際しては、一定期間内に申告をしなければならない関係上、税務署としては申告書記載の後見人が選任されることを条件に相続税の申告をさせ(従って、税務署に提出した前記各書類には後見人としての署名押印はされていない)、後日、審判書の提出を義務づけているのであり、抗告人らが虚偽の申告をしたものではない。

また、本件養子縁組は相続税減税も目的の一つであったことは否定しないものの、それが唯一の目的ではなく、事件本人の生家は代々酒類販売を家業としてきており、将来家業を引き継ぐであろう事件本人に対し、亡和貴子は特別の愛情を感じており自己の財産の一部でも事件本人に直接相続させたいという希望があったため、本件養子縁組がなされたものである。原審においては、この点は重要視せず、相続税減税のみをことさら強調し、事実調査もその点を主に行われており、偏った判断を導いているのである。

このように、原審が本件養子縁組を無効と判断したことは理由がない。

三、原審判の不当性

原審は本件後見人選任の申立を却下したが、ために、事件本人は戸籍上亡和貴子の養子である以上、後見人のない未成年者として放置されることになっている。そして、このような状態は今後就学等をなすことになる事件本人にとり、重大な障害となっていくことは明白である。

このような場合、本件養子縁組を原審のいう理由で無効として戸籍上抹消するために事件本人が訴訟手続をなそうとする場合、後見人の選任を申立てる必要がなく事件本人の実父母が法定代理人として訴訟手続をすることができるのか(その場合、当該裁判所が実父母に法定代理権を認めない可能性があるし、代諾者が自己の行為を否定する行為を行わなければならない)、それとも訴訟手続のためには後見人の選任を認めるのか(後見人の制度目的からこのような特定目的のための後見人というものには疑問がある)という、不可解な進退極まる事態が生じる。

また、遺産分割等の問題に関しては、養子となった者が相続開始時に成人に達していれば、何らの問題なく遺産分割協議が行われるのに対し、養子が未成年であった場合は、遺産分割は勿論、他の法律関係も未整理のまま放置されることになるが、このような不公平な結果が合理性を有するものとは考えられない。

四、ところで、家事審判法14条によれば、家事事件の審判に対する不服申立は、最高裁判所の定める規則で定めた場合に限り許される旨規定されているが、その不服申立を許さぬことが不合理、不公平を来す場合は規則に定めがなくともこれを許すべきであるということは多くの裁判例により認められているところである。本件後見人選任申立についても、不服申立を許す規定はないものの、申立却下の審判により前述した不合理、不公平な結果を招来するものである以上、不服申立が許されなければならない。現に本件と実質的内容をほぼ同じくする特別代理人選任申立事件において、東京高等裁判所第5民事部は、不服申立の規定が存在しないにもかかわらず、これを許し、現審判を取り消す旨の決定をなしている(平成元年(ラ)第647号特別代理人選任申立却下審判に対する抗告事件、甲第1号証)。

五、以上のとおり、本件後見人の申立を不適法として却下した裁判所は、明らかに不当で適切を欠く措置であるから、抗告の趣旨記載の裁判を求める。

(尚、本件については、原審に差し戻すよりも、当審において審判に代わる裁判をするのが相当である)

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